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背筋

昔から親に指摘されてきたことですが、私はどちらかというと「猫背」です。

しばしば注意されていたため気づくと意識するようにしていますが、やはり
無意識の世界のことなので、おそらく大抵は意識せず背中も丸まっているのだろう
と思います。

先日、和妻のステージ演技で使う「蒸籠」(せいろ 四角い木の枠と底板を組み合わせ
空の箱の中からシルクなどを取り出す道具)を直して頂いたアマチュアマジシャンの方
を訪問し、そこでお寿司をごちそうになったのですが、和妻の話になると

「やっぱり違うわね、姿勢がシャンとしているもの」と言われました。

いや、たぶん誰が見てもそうではないと思います!全く無意識でいましたから

と思いつつ、そう言われたから急に背筋を伸ばすのも何だかきまりが悪い、等と
思い、素直に喜べない自分がおりました。

その数日後、最近始めた茶道のお稽古で、いきなり薄茶点前をさせられるのですが、
慣れない正座による足のしびれや道具の数々の扱いに悪戦苦闘していたところ、

「背中が曲がっている!」とやおら先生に指摘されたのです。

やっぱりそうだ、姿勢のプロである先生からみたら猫背だったんだ

と思い、まるで座禅時にしっぺいで打たれた時のようにその瞬間はシャンとするのですが、
少し経つとたちまち元の猫背に逆戻りです。

先生によれば、お辞儀をするときも顎が上がっているので、顎を引きなさいとも言って
頂きました。

日舞では一度も指摘されなかったことでしたが、やはり同じ「先生」でもその世界が違うと
視点や合格水準が全く違うのだな、と痛感したのでした。

私には普段から「猫背」で「顎が上がりがち(特に写真を撮るとき)」という
直した方がいいクセがあるのです。

猫背は背筋が弱いからと言えるとして、何で顎が上がるんだろう。二重顎に見えるのが
いやだからなのだろうか?

年をとるごとに、こうした姿勢や日常生活など、基本的なこと程第三者から注意される機会
は無くなっていきます。高齢者になる頃には、だれも目上の人に基本的な事柄を指摘する
ことなど無くなるでしょう。

「注意される内が華」とは、本当にその通りなのだなぁと思ったことでした。
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二項対立還元の果て-答えの無い世界-

ものを書くときの文体については自分でもスタイルを決めかねているが、やはり
考えを突き詰めたいと思うときは「である」調になってしまう。
そんな訳で今回はである調で書いてみる。

文章から受ける印象はだいぶ変わってしまうが、元の性格まで変わった訳では
ないのでご了承頂きたい。

それにしても、本当に久々の更新になってしまった。最近は空き時間に携帯から
フェイスブックページに近況を打ち込むというパターンが定着
してしまったため、尚更ブログという形式からは遠ざかり、そもそも
このブログ自体の位置づけもはっきりさせないまま今日に至ってしまった。

本当はこの4月で開業3周年だとか、介護ADRを立ち上げた等節目となる
こともいくつかあった。

しかしつい日々の雑事にかまけて、ブログの更新は怠りいずれも時機を
逸してしまった。

というより正直にいえば、単に気乗りがしなかった
という点が大きい。

定期的に更新することが要件であるとすれば、
これはもはやブログとはいえない。

最近とみに痛感させられるが、どうやら私の最大の欠点は「気紛れ」
である事の様だ。仕事をする上では致命的である。

ちゃんと優先順位を明確にして、感情に流されず締切に間に合う様
仕上げなければならない。

しかしどうしてもそれが貫徹できない。これを「病気」等と称して
赦すことは、やはり逃げだろうか。

今キーボードを打ち込んでいる最中も、心の片隅は現実逃避をした
ことによる罪悪感で占拠されている。

その裏返しで、私の最大の特長は「突き詰める」ことにあるとも思う。

いったん気になると、最終的な「答え」に到達し納得するまで本当にしつこく考え、
とことん調べる。これがうまく機能するときは、普段のリサーチ業務や
相談等でも力を発揮してくれる。

勿論客観的にみればまだまだ底の浅い「答え」で満足しているのかもしれないが、
このブログ上ではそういった謙虚さや振り返りの視点は省略することにする。

その意味でこのブログは、突き詰め過ぎるが故に極めて私的な内容、感情や
思考の発露の場になってしまっている。

もはや日記の次元ですらなく、青春期にこっそり書くポエムや哲学論など、
あまり人に見せられたものではない
(後から冷静に見直せば大抵恥じ入り後悔する)類の、
とりとめもない思考を記したいわば心の奥底の吐露である。

どうみても仕事のホームページのトップに載せるような内容では無い。

しかし分かっていながら私はこのブログの位置づけを変えようとしない。

「もっと印象を良くするために、セミナーやイベントの告知をブログでも発信した方が
いいのだろうなあ」等と頭では考えていても、どうしても実行に移せない。

大変ひいき目に解釈すれば、それだけ文章を綴るという行為に「誠実」であるとも言い得る。
本当に書きたいと思ったことだけを書くのである。

それは良いとして何故わざわざホームページに連動させるのか。
それこそ人知れずひっそりやればよいではないか…しかしそうもしない。

開き直って、「ありのままの自分を受け入れて欲しい。これが自分だ。」という
甘えがあるのかもしれない。

他愛も無い思考過程をひけらかし
「どうだ、こんなことを考える自分は凄いだろう」という
欲がある様にも見受けられる。

しかしそこまで分かっていながら止められない。その甘えですら曝け出すことが
「誠意」であると思っているのか。

この点ひとつとっても、私という人間は本当に理解できない性格である。
普段理詰めでひたすら「答え」を追いかける思考をしている
(と自分では思っている)

だけに、細かい点まで矛盾に気が付かされ、その度に私は
いうことを聞かない子供を前にした親の様に途方に暮れる。

今回も相当長文になってしまっている。一体誰に向けて書いているのか、自分でも分からない。

しかし自分のパソコンの中だけに納めておこうと思うと、現金なもので
やる気が湧き起こらない。

だが真の意味での「表現」とは、そういった止むにやまれず湧き上がる
感情に突き動かされ、無心で行うものであるとどこかで聞いたが、

その意味ではこれはれっきとした「表現」なのかもしれない、
とも思う。


数年前からずっと、「人はなぜ生きるか」という命題に囚われてしまっている。

すなわち、人は生物である以上必ず死ぬ。死んだらどうなるのか。

テレビの電源を消すように、自分の意識自体がぱっと消滅してしまうのだろうか。

いわゆる「死後の世界」にも大いに興味があるが、いずれにしても「死」という
避けられない絶対の締め切りがある以上、それまでの時間をどうとらえ、どの様に
過ごせばいいのか、という

良くあるといえばよくある悩みである。

特に弁護士業をして相談を受けたりすると、目の前の困っている人と一緒になって、
どうすればその問題を解決できるか、熱中して考える。

それを繰り返している内に、どうしても究極的にはこのテーマに到達せざるを
得なくなってしまう。

介護系ということで独立してから、流石に責任感が生じ、また沢山の高齢者と
出会うようになり、人生というものについてあれこれ深く考える
事が増え、益々その傾向に拍車がかかった。

敢えて謙遜しないが、自分では(正解か否かは別にして)どんな問題でも
一通り「解決策」を発見することができ、それが武器であると勝手に思っている。

自分なりに真理、答えを見つけることができると快感である。
仕事柄ということもあるが、学生時代に出会った「和妻」についてひたすら考えることで、
その傾向はライフスタイルとして定着したように思う。

「語源」を調べるのが趣味である。何でも、何故この言葉になったのかと思うと
調べずにはいられない。

そこから歴史、科学等、思いがけない豊穣の世界が開けることもある。
これが本当の「教養」である、などと一人悦に入っている。

しかし過ぎたるは及ばざるが如しとは良く言ったもので、突き詰める性質が
昂じるとどうしてもこの「生と死」に直面せざるを得ない。

別にサムライを気取る訳ではないが、「明日死ぬとしたらどうしよう」という様なことは
良く考える。

しかし実感には到底及ばない。

口では「今は若くて元気一杯であったとしても、帰り道のバイクで追突されて
脳挫傷になり、身動きがとれなくなるかもしれない」等と言い、いくら具体的に不吉な
イメージを膨らませたとしても、それを現実に起こるものと「覚悟」しているとは
到底言い難い。

その意味では、本当に「死」を意識するような究極的状況に至らないと、
真の意味での答えは見つけられないのかもしれない。

しかしそこまで破滅的願望は無いし、その時では遅すぎる。
どうあがいても触れることができない以上、遠目で観察して推測することしかできないのである。
現場主義の性分のため、まずこの居心地の悪さに慣れるまで時間がかかった。

もう一つ私の「武器」を書くとすれば、書いてしまうと何とも嘘臭い印象であるが、

「本来的に高次」という性質がある。自分の事ばかり考えるのではなく、
自分と相手を超越した次元で発想できるということになる。

いわゆる「他人本位」、「お人良し」ともちょっと違う。

対立する相手が目の前にいるとして、まず相手の言い分が良く分かる。

相手の心に乗り移るという表現が一番近いような気もするが、しかし一方では
その対立軸についても配慮していることが多い。

その「自分-相手」の境界がいつも漠としており、一体どっちの味方
なんだと思われるような考え方をする。

自分ごとなのに、他人事の様などうでもいいような発言をすることもある。
常に対立利益のバランスを考慮する。

幼少期から漠然と感じてはいたが、今ようやく鮮明に言語化できるところまで来た。

ごく最近までこの本来的性質を理解せず、偽善であると自己嫌悪に陥り、反動で
極めてエゴイスティックに振る舞うことの方がむしろ多かったが、

弁護士となり相対立する
当事者間に入る経験を積んでいくことで、徐々にその認識は深まり素直に原点へと
回帰できるようになった。

本当に全てを曝け出すことになってしまうが、私の家は私が物心ついた頃から
両親の仲が良くなく、加えて私が三人兄弟の長男だったという環境が少なからず
影響している様にも思われる。

口喧嘩が始まると、きょうだい達は小さいのでおろおろする程度であるが、
長男の私は絶妙なタイミングでおどけて笑いを取り場を和ませようとするようなことが多かった。

しかしそれだけが今までの性格形成の原因では無いことは確かだ。
両親の不仲はそこまで深刻という訳では無かったし、その「問題」を解決するために
性格を意図的に変質させていったような印象は残っていない。

むしろ「何も考えず」、自然体で体が動いていた様な感覚である。

 その意味では、実は裁判官が天職だったのかもしれない。

しかし幸か不幸か一方側の利益を代弁する弁護士になってしまった。
だからこそ毎回逡巡し悩んだ。
具体的に悩むという程ではなく、違和感が拭いきれないという程度の感覚ではあったが。

もし今の弁護士という立場が、今回の思考過程の契機となったのであれば
(実際そのとおりなのだが)、皮肉な話である。

私は本来的に「弁護士」になるべき人間では無いということを、
弁護士になってみて初めて気付かされた。

こう書いてみるとありふれた顛末のようにも見えてくる。
しかし弁護士になった以上、私なりの弁護士としての在り方は
模索し続けなければならない。
 
 そんな訳で、相談が来ても、大抵は「そうはいっても相手方にも事情がある」と
どこかで思ってしまう。

この間など、明らかに虐待と思しきケースで相手施設に乗りこんだが、そこで
利用者とスタッフが童謡を唱和する声が聞こえてきた途端、相手も極悪人ではないのだ、と
「悟って」しまい内心苦笑した。

すぐ許してしまうのである。

許すというより、対立当事者の頭上に視点がいつの間にか切り替わって、
「一段上から」ふむふむと事情を理解する感覚、という表現がしっくりくる。

ある意味「神」を気取るというか、極めて不遜な発想なのかもしれないが。

しかし本物であるとすれば、逆に極めて希有な性格であるとも評せるかもしれない。

その辺の「価値」としての真贋は、自分で言うのもおかしな話かもしれないが、
それこそ自分でも見極めがまだつかない。

 生来そんな性分であるから、ADR、メディエーションという発想に至るのも
今振り返ってみると当然の帰結であった様に思われる。

ADRとは「裁判外紛争解決機関」の略称である。
メディエーションとは、敢えて翻訳すると「対人関係調整技術」となる。

どちらの側にも付かず、双方の仲直り、平和的解決を目指し対話を促進する。

どう考えてもこれが私の天職であるとしか思えない。

実際、本格的に着手してからまだ数カ月であるが、大体技術の要諦は把握して
しまえた様に自分では思っている

(とんでもない思い違いであることは将来遠からず判明するだろう。
別に戒めでいっている訳でもなく、私にはすぐ「完璧だ」と満足する
傾向があるのだ。

しかしその割にはその時点での「完璧」に固執することはなく、機を見れば
進化を試みその度に「完璧だ」と一人満足している。

この性向も矯正すべきかとも思えたが、今は認識しつつも
無邪気なだけで害も見当たらないから、そのままにしておいている。)。

 ここからようやく本題に入るが、本ブログでも繰り返し記述したが
私は従前から

「二項対立調和」

という概念を思考の手掛かり、道具としてきた。

別段詳しい訳でもないが哲学用語で言えば「弁証法」にあたるのだろうか、

ともかくも大抵のものごとの道理には対立する二つの存在があって、その調和を
試みることで次の一手、
正解が見えてくるというスタンスである。

 もう一つは、これは仮説の立て方として何にでも物差しとなる便利な道具なのであるが、

「真理は逆説に宿る」

という発想がある。

誰から学んだ訳でもないが、ある事象はその対立軸にこそエッセンスを見いだせる、という
ある意味「皮肉な」傾向が確かにあると思っている。

一例を挙げれば「真の自由は制約の中にある」という事は共感を得やすいだろうか。
五七五と季語を入れるというがんじがらめの制約があるからこそ、
俳人は自由に思考を巡らせることができる。

一挙手一投足が決まっているからこそ、その果てに無限の自由を見出せるのが
茶道の真髄であるという。

「悲劇は喜劇」
「損して得とれ」
「俗中に聖在り、その逆も常」
「利他は利己」

挙げればきりがないが、生来あまのじゃくで常に人の逆を志向する
私にとっては、どの理論もすんなり体得できるものばかりである。

 その様な道具で物事を理解し考えてきたのであるが、結局全ては
次の理念に集約されることが最近見えてきた

(いうなればそれまでの長文は全てこれを言いたいがための前振りだったのであるが、
やはりこの概念に至るまでの過程はどう考えてもまとめたり省略することができない。)。

特に気付きのきっかけとなるような事は無かった様に思うが、随分
あっけない結論で最初はがっかりしたことは鮮明に覚えている。

 二項対立「調和」ではない、「還元」である。

元々「対立」などしていない。

勝手に対立に仕立てているだけである。

一つの事象が映り方を変え、たまたま対立しているように見えるに過ぎない。

 さらに削ると「表裏一体」となる。

何やらありふれた言葉に集約されてしまった。

しかし「苦悩の果てに辿りつく答えは元から手に入れていた。」、
真剣に悩む事がらは既に答えが出ていることが多いというのもまた世の常である。


何だかがっかりであるが、そうでなければ「ぐるっと回って来た」ことにならないのだろう。

「いつでも手に入るものは、死に物狂いの苦労をして勝ち取ろうとしなければ手に入らない。」

そこまで言ってしまうとシニカルも過ぎるような気もするが。
とりあえずここでは「一体理論」と命名しておく。

 先に「宿る」と書いたが、そんな次元ではない。

すべては全く同一なのであった。
喜劇は即悲劇であり、不幸は即幸福である。聖は即俗である。

 そこには因果の流れも存在しなかった。

ブラックホールに飲み込まれるような感覚である。

非日常は、日常を徹底する先に見えて来る。

奇をてらった派手な衣装に大音量の音楽、それは確かに表層上「非日常」であるとも言い得るが、
しかし「お客様にお茶を入れる」という極めて平凡な日常動作を
極限まで突き詰めることで生まれた「茶道」という文化は、

むしろどんな奇抜な試みよりも
格の違う小宇宙に誘ってくれるように思われるのである。

そしてその感覚は、一体理論からすれば実に正しい。
 
 ここまで来た私の思考過程も一体理論にただちに内包された。

即ち、「進む」(調和)は「戻る」(還元)なのだよ、外岡君。

全ての労苦は無駄であったが、その無駄がなければここまで到達することも無かっただろう。

そう、嘲笑われているような錯覚に陥った。

まるで不思議の国のアリスに出て来る、奇妙な生物達の世迷い言である。

あべこべ。

なんだかこれも随分と手垢のついた言葉で、これに撞着するという事実も
馬鹿にされているようで面白くない。

しかしその感覚、正に真理と一体となる感覚は何物にも代えがたい幸福でもあった。

 「問いは答え」。

だから禅問答が生まれたのだ。

「目的は手段」。

手段が目的化していることも良くあることだが、本質で繋がっているともいえるのだろう。

色即是空。

そういえばそうだ。

「即」がポイントなんですね。こう書くとお手軽セミナーのようだが、しかし
「軽いは重い」なのだから仕様がない。

真面目を突き詰めると笑いに至る。ここまでくると笑うしかない。

全ては自己満足であるが、仏教も哲学も、結局はこの道理で解決できると
一人「大発見」にほくそ笑んでいた。

それをこのブログにも書こうと思った。

こんな考えを公にしているものは、知る限りではそれこそ仏教くらいしかないし、
もしかしたらこれは私しか到達し得ない境地なのかもしれないと。

しかし書けなかった。まだ詰め切れていない先があるということだ。

 全ては一体理論で片が付く、と。

その仮定をもって本題に戻るとして、「生」と「死」については
どう考えればいいのか。

 この対立軸は究極的であるが故に、その他の様々な概念を並列に並べることができる。
曰く「個性」と「全体」、「私」と「公」、「有限」と「無限」あるいは「無常」、
「営利」と「公益」…
 
「生は即、死に繋がる。死を意識するから今ある限られた生を
精一杯充実させることができるのだ。」

 これは頂けない。「真の意味で」手垢が付いた理念である。

いかにも陳腐な、つまらない回答ではないか。

そもそもが「還元」できていない。

生を充足させようというのは、あくまで生の次元に止まった発想でしかない。

「人はいかに生きるべきか」私はこの先の限られた時間を、
どのように過ごしていけばよいのか。

その答えとなる、二項対立を還元した先にある、真理が存在するのではないか。

…何故だか、いざ「人生」について当てはめようとすると、この一体理論が機能しなかった。

ここで私は多いに悩んだ。

 ここでもう一つ、私の人生観、というよりは

人間の人生観として枢要を成す概念があると
思われるところ、それについて言及しておきたい。

勿体ぶることもないのだが、それは「物語」である。

これも割と初期に認識した概念であるが、要するに人は自分が
「オンリーワン」として活躍できるストーリーがなければ、自我のレベルでは
充実した生を送れない
(少なくとも送り難い)ということである。

無目的に、将来の自分の在り方について志向すら持てず過ごす日々は、
真っ暗なトンネルの中を手探りで歩くような心細さがあるだろう。

 ここに大変興味深い、相対立する二つの人生観がある。ビジネス書等を読んでいると、
良く出てくる考え方だ。

いわゆるサラリーマンなど、仕事をしている人がいるとして、そういう人を指して

「自分が今の仕事を辞めても、代わりは幾らでもいる」という人がいる。

だからあまり深刻になる必要は無い、という気休めの方向に持っていく前提となる、
ある意味冷めた考え方である。

一方で「この仕事は自分にしかできない」と、使命感をもって
熱意をもって取り組むことが重要であると説く人もいる。

この使命感こそが、その人自身が主役となる「物語」の中核を成すものである。

「人はみな、オンリーワンのかけがえの無い存在です。
何故ならその人と全く同じ経験を積み、知識を蓄えてきた人は二人と存在しません。

だからこそその人独自の考え方、行動が尊重されるべきなのです。」

という人がいる。確かにその通りだとも思われる。

しかし最大公約数的にみれば、程度問題なのであって、それ程普通の人から外れた、
傑出した人生を送って来た人などそう多くはいない。

視野を拡大すればするほど、大抵の人々は自分も含めて似たり寄ったりである。

つまりマクロ的にみれば、そのような瑣末な個人の営みなど幾らでも取って変えられる、
空しいものでしかないと言い得る。

確かにそうかもしれない。

しかしその無常感、ニヒリズムに充ちた考え方を突き詰めていくと、結局は
無気力、自殺願望に帰着してしまう。

だが一方で、流石にそこまで自分を追い詰め、実際に実行=自殺まで決行してしまう様な人は
そうは居ない。

大抵の人はそこまで突き詰める必要性も感じられず、惰性に身を委ね漠然とした
死への不安を抱えながら日々を過ごすのである。

「人生は一箱のマッチに似ている。
重大に扱うのはばかばかしい。重大に扱わなければ危険である。」

といったのは、かの芥川龍之介であった。まさしくその通りで、言い得て妙であると思う。

そもそも人は何のために生れて来たのか。

本当に人生は、「死ぬまでの暇つぶし」でしかないのだろうか?

それに対する「都合のよい」答えが、物語、ストーリーなのである。

ヒトも生物である以上、何かに向かって日々突き進むという運動性を帯びている。

植物ですら春には花粉を飛ばし生殖を企図するのであるから、まして動物、高等知能を
有する人間であれば尚更運動時の「目的」を明確に意識せざるを得ない。

少なくとも「この仕事は俺がしなければ回らない」
「私がいなければ家族はまとまらない」と

心から信じて(現実にそうであるか否かは別として)、

「いつか会社を上場させる」だの
「家族みんなが豊かになる」といったバラ色の未来予想図に向かって
邁進できる人は
それだけで幸せであり、充実した日々を過ごせているのだろう。

この相対立する「無常」と「物語に乗せられたオンリーワンの生き方」という
二つの考え方はいずれも正しいといえるが、面白いことは、その中間、或いは
双方の主義主張を自由に行き来することは理論上は不可能である、という点である。

すなわち、自分だけが成し遂げられるストーリーを胸に日々頑張っている人は、
決して「どうせ俺が今日死んでも世の中は何も変わらず進んでいく」と思うことはない。

そういった「代替性」の要素は、完全に彼のストーリーからは除外されているのである。
だからこそストーリーが成り立つのである、とも言える。

一方で「無常派」は、本当の意味で「自分にしかできない仕事」があるとは
夢にも思わない。結局は自分が居てもいなくても社会は困らず回っていき
(勿論当人の家族は重大な影響を受けるが)、そもそも自分の存在など取るに
足らないちっぽけなものであるという諦念の境地にある。

この両者を「還元」させる筋道は、今の所私には分かっていない。

どうも「無常」が対局にある場合、上位概念を想定ないし想定できたとしても
そこに統合・還元することは不可能であるという

仮説が成り立ちそうである。

これまで偉そうなことを言っておいて、自分はどうなのかと問われれば、私は
やはり自分が活力をもって日々生きていく上で「物語」は欠かせないと思っている。

どうせ見るなら壮大な、それこそオンリーワンの物語が都合がいいから、(今のところ)
日本唯一の「介護弁護士」であることをいいことに、自分が介護業界を変えるのだ、という
意識で一応やっている。

ひいては、「和」「平和の象徴」としての次の時代のアイコンとなり、世界に
日本の対話文化を発信する唯一無二の存在になりたいと夢想している。

少なくとも東南アジア圏においては、日本人の「お人良し的マインド」
「お互いさま、おかげさま」のスピリットをグローバルスタンダードとして流布させたい。

帝国主義が形を変えた、欧米発の新資本主義、消費社会に飲み込まれることだけは
回避させなければならないと思う。

こんな風に野望は膨らむ一方だが、しかし冷静になってみれば、そうはいっても
別に自分が介護専門で独立する前から似たようなことをしていた人は居たわけだし、

取りたてて自分の考えや活動に独自性があるとも思えないので、それ程大した影響力は
無いとも思っている。

そのような自分にとって都合のよい「切り替え」、好きなタイミングで個と公、
物語と無常の立場を行き来できるよう志向するようになったことは、今回の思索から
得られた最大の収穫であると思う。

といっても、たとえばあまりニヒリズムに引きずられて無気力になったり、
その逆で物語にのめりこみ自我が肥大していくという弊害は常に付きまとう
もので、細心の注意が必要となるのであるが。

 ちなみに私が、生物として生きる上でどうありたいかという「希望」は、
大変明確である。

私が欲するものは、心の平穏である。平穏であることが「生きている」ことの
充足感を与え、私にとっての「生きる意味」を見出させてくれるのである。

こう書いてしまうと随分高尚な人間の様だが、そうではなく、

普段から迷い、傷つき、人を羨む事が多いから故に、何ものにも囚われない
平穏を望むのである。

欲望に振り回されていては、本当の意味で幸せになれない」という事は
意外と昔から「理解していた」。

しかしやはり、どうしても人より抜きんでていたいとか、お金持ちになりたいといった
「俗な」欲望を捨て切ることなどできるはずもない。

その度に、「ああこんなことではいけない。人と自分を比較するから不幸になるんだ。
プラス思考で常に幸福を感じるようでいなければ」と自分を「戒めて」いた。

或いは自分は本当に「俗人」であり、一生煩悩から解放されることはあり得ないのではないかと
絶望したこともあった。学生の頃自分に課した命題は、以下のとおりであった。

人と自分を比べない
自分を責めない
何でも楽しむ

これらが完璧にできたとき、或いは完璧にできず嫉妬や欲望に駆られた挙句に
ふと気付かされたとき、私が欲していた「心の平穏」は確かにやってきていたように思われた。

その心境は、一言で表すと「無心」であり、体表から呼吸をしていることを認識できるほど
意識が隅々まで行き渡り、あらゆる悩みから解放された感覚だった。

誌的にいえば「厚くたれこめた雲から一筋の光が差し込んだ」というイメージである。
実際そんなことをノートや何かに書き込んでいた。

 しかし、その境地に意図的に到達する方法は、どうあがいても見つけることができなかった。
一つ確実な契機として分かっていたことは、当時取り組んでいた「和妻」のステージ演技だった。

 今でもユーチューブにアップしているが、あの演技は大人数の前で演じる為、普段の
10数名相手のものとは違い格別に緊張する。

その極度の緊張から免れるため、私は「無心になる」という技術を編み出した。

勿論毎回うまくいくわけでも無く、大抵は本番直前になって俄かに緊張し出したり、
舞台上で演技の最中に途端に我に返り大勢の眼にさらされていることに気付き、
生きた心地がしないということも多いのであるが。

 そうはいっても「窮すれば通ず」で、半分以上は本当の意味で
「無心」になれていたように思う。

特に練習しているときはその心境に至りやすい。

本当に何も考えていない。

いわゆる「楽しい」という、躍動感を伴う感情も無いので外観上は実に冷めたものである。

だがそういった「無の境地」を、アスリートたちは「楽しむ」心境と表現するのだろう。

それは誤解も生じようというものだ。
極度の緊張を突き抜けると無心になり、緊張から解放されるという、それこそ
一体理論を体感した者でなければ、字面どおりの「楽しい」感覚と誤解してしまうであろうことは
想像するに難くない。

 語るのも野暮かもしれないが、因みに演技中に出す傘の白は、
無常を表すと自分なりに理屈づけていた。

途中で花が出たり大きな扇が出現したりするが、それらは現世利益の象徴であり、
「人は利己的に利益の増長を求めるが、結局は無常に回帰する」という当時の理解を
込めたつもりであった。

 そんな次第で、ともかくも私は「無心」を求めていた。

しかし現実には、人と比べてどうかはついぞ分からないことではあるが、私は煩悩に弱く、
嫉妬心も強い、ごくありふれた弱い人間の一人である。

心の中の天気は一向に晴れる気配が無い。その事でますます自分を責めていた。

 これはいわば、「悟りの境地」を求めて苦悶している人間ということである。
よくある話だ。

方向性によっては、それこそ宗教の世界に移行していたかもしれなかった。

しかし私は生来あまのじゃくであり、反権威主義であったから、既に誰かが
見つけた答えに安易に同調するということは断じてしたくはなかった。

和妻は私にとって唯一の救いであったが、私はプロのマジシャンにはならなかったので、
そのような大掛かりなステージショーを披露する場も滅多になく、特に
最近は演じる際の心境などすっかり忘れ去っていた。

 そんな中つい最近、介護の世界でもADRを導入させようと思い立ち、ADR、
メディエーションの勉強と普及のための活動を始めた。

それは無条件で「面白い」作業であった。

周りからは「弁護士の仕事が減っちゃうんじゃないですか」とも良く言われたが、
正直そういった「利己レベル」での心配はみじんもしていなかった。

しかしその一方で、その問いに対して「損して得取れ、ですよ。敢えて自分の仕事を減らすような
活動をすることで、多くの人が共感して受け入れてくれるんです。」などと
得意ぶって優等生的に答えることも無かった。

それは自制心から来るものではなく、なかなか正確な表現が浮かばないが敢えて言うと
「興味がなかった」。

もっとも自分のことなどどうでもいい、という意味でもない。
「自分の事務所の経営をどうしよう」と
常に考え打算を巡らせる自分も確かにいる。 

しかしその両者は不思議と「調和」していた。

どこまでも真空な様に一見みえるが、その割には「利己」と「利他」を把握している。

イメージとしては、自分と他者の頭をそれぞれ上からUFOキャッチャーのように掴んで、
一番適切と思われる位置に配置していく感じだろうか。

そのとき初めて、私は今自分が「利己」と「利他」を超越した次元、即ち
無心の世界に居たことを確認した。

 ああこれは和妻と同じだ。

本当に性に合っていること、好きなこと、確信をもって
良いと考えることをしているときは、人は生と死を超越できるのだと思った。

 もうこれで大丈夫、「私は悟りを開いた」。

その感動をブログに書きとめておこうと思った。

しかし、ADRを始めた頃の感動と興奮は、ほどなくしてそれこそ
雲のようにかき消えてしまった。

後には、生と死の枠組みに固められた、以前の自分が残されていた。

 愕然とした。確かにあのときは「無心」だった。

だったらその域に達するプロセスがあったはずだ。

どうすれば無心になり、全ての不安や悩みから解放されるのか…

「人生の目的」が懸っているのだから、それは真剣である。

しかしようとして「悟りの扉」が再び開くことは無かった。
あのときの爽快感がまるで嘘のようであった。

 しばらくああでもないこうでもないと考えていたが、最近ようやく次の考えに至った。

「答えが無い」ということが答えである。

悟りを開かないということが悟りを開くということである。

良く耳にするセリフだが、
「世の中には答えなんて始めからないことばかりだよ」と、
世慣れた人ほど訳知り顔でいうものだから、その度に私は「それは違う、思考の放棄である」
と反発していた。

答えを見つけることにアイデンティティを見出していたとも言える。

それに人生の目的が重なれば、その方策を必死になって探さない訳がない。

 しかしそれこそが仇であった。一度一体理論を確かに手中に納めておきながら、
その逆に流れてしまっていたのだ。

それ程に心の平穏は私にとって代え難い、どうしても手に入れたいものだった。

しかしそれは永遠に手に入ることはなく、既に手に入っているものでもある。

 従来の習性から、それでもなお因果の道筋を見出そうと躍起になっていたのであるが、
全てはブラックホールの中での悪あがきであった。

要は諦めた、初めて思考を放棄したということであるが、さりとて
「放棄」すれば「無心」が手に入るというご都合のいい理屈でもなかった。

相変わらず私は他者に嫉妬し、目先の快楽を選び困難から逃げ自己嫌悪に陥っている。

むしろ成功したい、世間に認められ称賛されたいといった欲望は、社会に出る前の学生の
頃より重篤になっている様に思われる。

今の感覚としては、川の流れにふわふわ浮く丸太の上で
おっとっととバランスを必死でとっているような、

大喜利に出て来る山積みの座布団の上でぐらぐらしているような、
とても落ち着かない心境である。
 
 今まではともかくも思考は継続していたから、例えれば自転車のペダルを
漕いでいる状態であり、行き先は不明であるがどこかしらに進んでいるという事実があり、
その意味では安定していた。しかし今は違う。ぴたっと自転車が止まってしまったのである。

まずこの心境が実に居心地が悪い。

しかし現実にそのような全てを超越した無心の状態になろうとしてなれないと分かった以上、
無い物ねだりをしても始まらない。

「無心」とは、それこそ死後の世界のようなものである。

そもそも「無心になろう」という発想自体が矛盾している。

自分でも気付かぬ内に無心になっていたからこそ無心というのだろう。

 ようやく私は、主観というフィルターを通した自我と、無常が
通底する「公」「客観」「代替性」の世界との狭間で、答えを求めようとせず
ただその混沌とした状況に身を置く、という決意ができたように思われる。

それだけでも進歩なのかもしれないし、或いは真理の探究を止めたという点で
後退なのかもしれない。

はたまた、訳知り顔の「オトナ」に言わせれば「ようやく地に足が付いた」
「現実の中で生き抜く覚悟ができた」
ということにもなるのだろうか。そういう人こそ今わの際に、生きる意味を
考えることから実は逃げていたことに気づかされたりするものだ、と意地の悪い
私は毒づく。

例えトラックを一周回って来て同じ位置に今あるとしても、
今回一周回ってみたことで私は大きな収穫を得たように思う。

その最たるものが、結局この世の核心部分は表裏一体であり、それ自体
巨大な矛盾である

という諒解である。

それはまるで遠い宇宙からやって来た未確認物体であるかのような、粘土のように
いかようにでも姿形を変えるが決して手応えをもって触れることができない、
実に茫漠とした、だからこそ知的好奇心を刺激してやまない「もの」であるとも言えるだろうか。


 普段の仕事では長距離移動が多く、手当たり次第に購入した本を読むことが多いのだが、
最近久しぶりにいわゆる文学というものを再読した。

夏目漱石の「文鳥」という、極短い小品であるが、
今の私にとってこの話は正に正鵠を射たメッセージとなって迫って来た。

 これから先は話の落ちを書いてしまうことになるためできれば先に「文鳥」を
読んで頂きたいのだが、あらすじを説明すると
おおよそこうなる。

 漱石を慕っている門下である鈴木三重吉が、鳥をお飼いなさいとしきりに勧める。

自分も文鳥を飼っていて、家に来てはその良さを説くものだから、
漱石は根負けして文鳥を飼う事にした。

最初は可愛がり餌もやり、水もこまめに替えたりしていたが、徐々に放置することが多くなり、
文鳥の世話は下女や家族の仕事となっていった。

しかしある時、誰も面倒をみない日が続き、とうとう文鳥は餌を与えられず衰弱死してしまった。

 漱石は三重吉に対し「家人が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。

たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ。」
という手紙を書いた。

 以下は本文の最終部分の抜粋である。

「午後三重吉から手紙が来た。

文鳥は可愛想な事を致しましたとあるばかりで

家人が悪いとも残酷だとも一向書いていなかった。」


 これを読んで私は、感動とも、悲しみともつかない、大変奇妙な感情に襲われた。

油断すると涙が出そうな気もしたが、一方では冷めた心も確かに存在していた。

この得体の知れない感情は、あとになってこうして文章にまとめてみると腑に落ちる。

先に述べた「答えの無い混沌」が、突如として話の結末に現れたことで私はここまで
心を激しく動かされたのだろう。

 あれだけ文鳥を愛し、漱石にも熱心に勧めていた張本人である
三重吉が何と返事をするか。

そう期待していただけに、このそっけない返事は漱石にとっても
意外だったのだろうとは思う。

それにしても一つの文学作品としてみると、門下生に勧められて文鳥を飼ったはいいが
死なせてしまい、勧めた本人も特に当たり障りのない返事だった、という、もはや
「落ち」とも評し難い結末である。

だがそこにこそ、だからこそ、漱石の未来永劫その名を残す偉大さを見出すことができるのであろう。

結末の文章は、殊の他私の心に突き刺さってきた。読み終わった後も、ずっと
末尾以降の漠と広がる空白の紙面を眺めていた。

突然、答えのないまま打ち切られ放り出されたその感覚をしばらく味わっていた。

余白には「明治41」とある。
明治41年の頃の人はこんな文章を書き、それを新聞上で毎日楽しんでいたのか…

ぼんやりとそんなことを考え、改めて先人の教養の深さに畏敬の念を抱いた。

これがもし、「午後三重吉から手紙が来た。文鳥は可愛想な事を致しましたと
あるばかりだった。」と事実だけ記述する文だったら、何も伝わってこない
単なる事実の羅列になってしまう。

「家人が悪いとも残酷だとも一向書いていなかった。」

という部分に、全てのエッセンスが込められているのである。

私は特段漱石の作品や経歴に詳しい訳でも無いので全ては想像の範囲でしかないが、
漱石はどんな思いでこの最後の一文を書いたのだろうか。

察するに、偉大な文豪に対しては失礼かもしれないが、それ程深い意図を込めて
書いたのでは無いような気もする。

軽妙洒脱な文体で最後までさらりと書いてあるところを見ると、「あれだけ熱心に文鳥を勧めていたのに、薄情というか、そっけない、調子のいいやつだ」といった三重吉をある意味
「非難する」程度の意味合いで書いたのではないだろうか。

しかし今の私にとっては、この誰を非難するでもない、「答えを出さない」
三重吉の手紙から立ち現われる姿が、まるで

万物の生死を慈しむ菩薩の様な神々しい存在に感じられたのであった。

 傍から見れば、最終的に文鳥を飼うと決めて最初に世話をしていたのは漱石自身なのだから、
責められるべきは漱石であるとも言い得るだろう。

或いは自然とその役目を引き継いだ家の者にも責任があるかもしれない。

いずれにしても、それまでの文鳥の愛らしさを描いた記述が大変鮮明であったため、
そのいじらしさ、健気さとの対比で世話をする側の無責任さ、残酷さが際立つという
流れになっているのである。

 しかしそれでも、三重吉は誰が悪いとも言わない。

それは単に、漱石が目上の、しかも敬愛する師であることもあり差障りのない
社交辞令に留めようとした世俗的な処世術によるものだったのかもしれないが
(或いは単にコメントを考えるのが面倒だっただけなのかもしれないが)、

そこに菩薩的な「聖」の世界を見出すことができるという点が
この作品の本質なのではないか、と
自分は感じた。

「一向書いていなかった。」

…あたかも、いかなる罪悪をも赦す諦念に繋がるかのような
超越的見地を連想させる終わり方である。

それは取りも直さず「答えの無い世界」

「善悪という単純な二項対立を巻き戻した混沌なる世界」

に繋がるものといえ、だからこそ
読む前から何となく持て余し気味に「答えが無いという答え」を抱いていた私に
ダイレクトに響いたのだろう。

 かくも世の中は混沌に充ちたものなのである。

しかしだからこそ、そこには意外性や発見、喜びがある。

何となれば悟りを開き、「無心」の境地に止まることこそが
「思考停止」を意味するのではないか。

「文鳥」は私に、「答えの無い世界」の何ともいえない
味わい深さを体感させてくれたのである。


折から、名古屋の著名なアマチュアマジシャンの方に声をかけられ、和妻のステージを
来年の建国記念日に披露することになった。その場所が、なんと「御園座」である。

まだ全てが確定したわけではないが、本物の歌舞伎をはじめとする一流の芸が披露される
大舞台である。

御園座は、東京の歌舞伎座と同じく、来年春前に改修のため一時閉鎖されるという。
そのおおとりに、私の和妻を指定して頂けたのだ。大変光栄な話であると思う。

素直にその栄冠を喜ぶと同時に、今であれば自分は、あのとき「無常」を描いた和妻を、
どういう心境で演じればよいかと考えた。

何しろ今は「答えの無い世界」だ。当時は「個」を超越した先に「無常」がある、という
単純な重曹的理解をベースとした、ただ「無常」の心境を礼賛する趣旨でしかなかった。

しかし「個」と「無常」、「生」と「死」を対立軸に据え、その上位概念に「無心」「無」
があるというパラダイムにシフトし、更にその上位概念に到達するすべは存在しないと
諦念するに至った今、私は一体

どんな顔をして無常の象徴とした白い傘を出し、
どんな表情で現世利益を象徴する扇を出せばいいというのか。

このタイミングで話が来るとは、大げさにいえばあたかも「神の試練」とさえ思えてくる。
「答えの無い世界」でどう振る舞うか、百年の歴史を刻んだ檜舞台が見てくれるということだ。

心底、幸福な話である。

このとりとめの無い文章が一体この世の中で何の役に立つものかは
全く不明であるが、

ともかくも一旦ここで現時点での記録とし、
これからの思索の旅の一里塚としたいと思う。

お久しぶりです

おかげさまです、外岡です!
今回も相当期間が空いてしまいましたが、やはり前回のブログは色々と物議を
醸す内容だったようですので、今回を機に(ようやく)更新したいと思います。

もうギリギリのタイミングになってしまいましたが、実は本日20日の18時過ぎ頃から、
自分が詐欺事件を追いかけたドキュメントが20分ほどフジテレビ「スーパーニュース」にて
放映される予定です。

スーパーニュース0920

テレビというのは本当に付き合い方が難しいもので、一度放映されれば爆発的な反響があり、
みんなに見てもらえることは素直に嬉しいことだと思います。

しかし、その一方で、ニュース番組であれば変更もざらにあり、気まぐれであることも確かです。

そのような放映如何に一喜一憂するのも、馬鹿らしいと頭では理解しようと努めているのですが…
やはり放映されるかどうかの瀬戸際になると、毎回落ち着きませんね。
 
 仕事が増えることは有り難いことであって、いつでも大歓迎!という姿勢ではいるのですが…
やはり自分だけの力では応対にも限界がありますね。

8月に事務所が移転しても相変わらず一人でやっており、いつのタイミングで人を雇うべきか、
思案の渦中にいるところです。何にしろ、今はまだ仕事の受注件数に波があり不安定なのです。

 前回の記事ではかなり激情的な内容になってしまったかもしれませんが、
それは忙しいことが原因なのではなく、単に一般常識の無い横柄な人が予想以上に多すぎ、
呆れただけのことです。

撤回した方がよい等とアドバイスする人もいましたが、その意味では私の根本的な信念ですので、
今後も曲げることはありません。

 …そのような意思で書いたつもりなのに、却って本来謙虚で礼儀正しい方を萎縮させてしまうと
いうのは、皮肉以外の何物でもないのですが…

 来月にはぱる出版さんから本も出させて頂く予定です。
10月新刊

これからも介護業界の発展のために頑張ります。

呆れ果てたこと

久方ぶりの更新がこんなネガティブな内容で御免なさい。でも事はかなり深刻なようですし、
これから何かにつけ生じうる問題であることが明らかなので、迷ったのですが
敢えてここに書かせて頂きます。

我ながら、久しぶりに書こうと思ったことがこんな非生産的な中身で、情けなく思うのですが。

今回ばかりは、自分の中でのマイナス感情の整理、およびその宣言という意味で
記述したものに過ぎないので、書いておいて難ですが
特に読んで頂く価値も無いと思います。

先日「スーパーモーニング」という朝のニュース番組で、自分の活動の特集が
放映されました。

内容的には介護関係のトラブル解決に取り組む弁護士の紹介、というもので
NHKのときと殆ど変わらないものだったのですが…

大きく異なっていたのが、放映後の反響の大きさです。

BS放送と違い、さすがは地上波全国放送
といったところで、放映中から問い合わせ・相談依頼の
電話が鳴りっぱなしでした。

まさかここまで劇的に反応があるとは思ってもみませんでしたので、最初は
ただただそのスケールに圧倒されました。
まるで巨人が突如目覚め、襲いかかってきたかのようです。

その数、実に一日で50件以上。翌日の土日になっても、電話が
途切れることはありませんでした。通話しているそばから何件も
見慣れない番号が表示されていきます。

まだ事務員もおらず、たった一人で全てを運営している自分では中々さばききれない
量でしたが、それでもテレビを観て私に依頼しようと思って下さった
その気持に応えようと、
できる限り応対してきたつもりです。

実際、お電話された方々は70~80代の高齢者が多く、口ぐちに自分の活動に感動した、
是非依頼したい、
相談したいという熱烈なものが殆どでした。

その内容は介護に止まらず、相続や借金問題、離婚などバラエティーに富んだもので、様々な
ケースを知ることで自分の知識や経験の幅も一気に広がりましたし、足が悪く
老人ホームや自宅から
外出することができないと残念そうに仰る方には「自分から出向きます」と告げると、
こちらが恐縮するほど大変恐縮し、また喜んで下さいました。

相談したくてもできない、困窮した人が全国各地にこんなにいたんだ、と改めて
実感しましたし、またその人達に
頼られているという使命感が、自分を奮い立たせてくれました。実際にお会いした方の中には、
問題を解決し大変感謝して頂けたこともあり、とても充実していました。

しかし残念なことに、連絡して来る方の中には、全く礼儀を知らない、極めて非常識な
人間がいることも事実でした。

電話に出るなり、名前も名乗らずいきなり本題をまくしたてる者。

電話番号を非通知設定のままかけてくる者。

「時間無制限」と謳ったことを当然の権利でもあるかの如く主張し、いつまでも
話し続けようとする者。

出張して遠方まで出向くことが、当然であるかのような尊大な態度を取る者。

スケジュールの都合で相談期日が後れると説明しても、「それでは待ちきれない」等と
不平をいう者。
合理的な理由があれば別ですが、単に感情的なものであれば余りに身勝手な発想です。

前置きの説明も無しに、いきなり長文のFAXを送りつける者。

その他、電話で長々と自分の話を続け、こちらの状況を気遣わない
方が殆どだったのは残念なことでした。

「ついに悩みを打ち明けられる人が見つかった!」という嬉しさや安堵感から、思わず
まくしたててしまうお気持ちは良く伝わってきたので、なるべくお付き合いするようには
していたのですが…

「テレビで紹介されていた活動内容は随分良心的なようだが、事実なのか」
と電話で聞いてきた人がいました。

確かに私は今まで、「時間無制限で一回1万円」というサービスを掲げてきました。
しかしそれは、
飽くまで「30分刻みで料金がカウントされたら、時間ばかり気になって
相談できないのではないか。」
という素朴な心遣いから始めた事です。

別に一回の相談で1時間や2時間かかったとしても構わないのですが、それは飽くまで
「結果的に」その時間になってしまった場合であって、最初から自分の気が済むまで
延々と喋り続けられると思っているような人間のために始めたことでは、そもそもないのです。

しかし強欲な人、猜疑心の強い人ほど、そうした真心や良心を汲み取ることをせず、臆面もなく
権利として主張する。やがて良心的なサービスは立ち行かなくなり、姿を消してしまう。
思い起こせば、日常生活の中でそういったサービスの末路はよく目にしていましたし、奉仕の精神が
求められる介護など、正にその典型といえるでしょう。

今回のテレビ反響の経験で、改めて思い知ったことがあります。それは、

「最低限の礼儀ができていない高齢者が現実に相当数存在する」という真実、そして
自分の中でもどこかで、

「お年寄りはみな、礼儀正しい、敬うべき立派な存在」という
思い込みがあったということです。ステレオタイプはいけない、と頭では理解していたつもりでしたが、
心のレベルでは分かっていなかった。

世間知らずだったと言えばそれまでですが、自分にとってはとてもショッキングな出来事でした。

これまでボランティアで施設を訪問したとき等に世間話をする程度でしか高齢者の方と接する機会が無く、
また日々の相談者で高齢の方は殆どいなかったことも原因かもしれません。

考えてみれば当たり前の話であって、若者だろうと年寄りだろうと同じ人間なのだから、性格の悪い人、
社会人として通用しない人が、いくら年を取っても変わらないということは当然といえば当然です。

勿論、高齢になるからこそ、中々相手の立場に思いを馳せることが難しくなり、言うことも
的外れになったりする傾向もあるのかもしれません。薬や病気のせいで、性格が不安定になっている
可能性も大いにあります。

でも、それでも、物事には限度というものがあります。しっかりしている方は何歳であろうと
初対面の相手との接し方としてちゃんと一般常識を弁えておられるからです。言葉づかいが多少
不適切だったりしても、心根がどういう人なのかは大体分かります。

まず名前を名乗り、こちらの都合を確認し、用件を手短に話し、目的を伝える。この程度のことすら
できない人は、高齢だからできなくなったのではなくて、元からそういう人間だったのではないか。
私はそう思わざるを得ませんでした。

そんな事を気にして批判する私の方が間違っているのでしょうか。

何とでも非難のしようはあります。
「おかげさま」等といっておいて、
自分を棚に上げて
傲慢な態度をとっているのはそっちの方だ、等と。

或いは、「できもしないサービスを掲げる方が悪い」
「自分の判断で客を選ぶなど奢っている証拠だ」
等と。

「自分の中だけの基準で、善人悪人と選別する考え方は、危険だと思います。」
「みんな多かれ少なかれ我慢して付き合っているのだから、それが大人というものだ」等と。

そうではないと思います。 駄目な人は駄目です。

こういった非難はまやかしであると、どこかで毅然と断ち切ることが
必要です。

なぜなら図に乗る人間は止まるところを知らず、最終的には正義や良心を滅ぼして
しまうからです。

横柄な態度にまで誠意で応じる必要は無い。低次元な人間には付き合わず、限られた時間や
エネルギーは、助けたいと思う人にこそ集中すべきなのです。

最近形成されつつある自分の中の信念ですが、
「良心はたやすく踏みにじられ、世の中から駆逐される傾向がある」とは、蓋し真実であると
つくづく思います。

「憎まれっ子世にはばかる」「悪い奴ほど良く眠る」「悪貨が良貨を駆逐する」…すべて同じことを
示しています。

本当に謙虚な人はどこまでも謙虚ですから、心ない的外れな批判であっても真摯に受け止めてしまい、
自分が悪いと思ってしまう。

本当に優しい人はどこまでも優しから、ずうずうしいリクエストにも限界まで付き合ってしまう。

本当に正々堂々とした人は姑息な手段など始めから思いもつかないから、想像もしなかった卑怯な
手段に簡単にしてやられてしまう。

…別に自分がそうであるとは思いません。トートロジ-のようですが、心底私は、自分を
まだまだ器の小さい、未熟な存在と思っています。

だからこそといえるのかも知れませんが、私の限界として、傍若無人な人、無神経な態度の人は
許すことができないのです。そのような人間はこちらから願い下げです。
表面上は丁寧な応対をかろうじてとどめていても、内心は心から軽蔑しているのです。

たとえ目上の高齢者であっても、尊敬に値しないと判断した場合は
即座に接触を打ち切ります。

他に本当に助けられなければならない人が、
助けを求める声をあげることも無く救済を待っているからです。

テレビというものは恐ろしいもので、勝手に創り上げられた虚像が一人歩きし、視聴者それぞれの
記憶に強烈に刷り込まれてしまいます。

あの番組の中の私は、絵に描いたような正義の味方、何でも魔法のように解決してくれる
全てのお年寄りの味方であるかのように
映っていたようです。

しかし誤解しないで頂きたいのは、私が謙虚であり感謝の心を忘れずにいたいと思うのは、飽くまで
同じく謙虚さや気遣い、感謝が自然とでき、それでなくとも最低限の礼儀を弁えた人と接するときだけ
なのです。

横柄な態度、尊大で自己中心的な態度には人一倍敏感で、そういった輩は世の中の癌である、とすら
思っている、ある意味偏った人間です。

そのような悪人から、優しい気弱な人を守ることが使命であると理解しています。

これから私に相談しようという方は、どうぞその点を誤解されないように
して下さい。私は優しくもありませんし、むしろ短気な性格です。
激しやすいですし、はっきり好き嫌いが分かれます。

謙虚さと毅然のバランスはどの局面でも維持が難しいものですが、今回はその
問題を考えさせられたという意味で非常によい経験となりました。

「勘違いした正義の味方」ですか…


何とでも罵るがいい。私は私の信念を貫く。




技術の価値・自信と謙虚

おかげさまです、外岡です!(^O^)/

ここ最近は、めっきりブログから遠ざかってしまい、チェックして下さっている
方には申し訳ございませんでした…

最近はもっぱらツイッターの方に注力して
おりまして、そちらの方も登録して頂けましたら幸いです

(といっても、本当に
日々の小さな出来事をメモしている程度なので、
わざわざチェックする価値があるか
というと自分でも疑問ですが。まあ、自己満足なんですね。)。

アイフォンという便利なツールを入手して以来、空き時間にツイッターを
記録することが格段に増えました。

案外見て下さっている方もいて、「毎日色んなところに出張してますね!」
と声をかけられることもよくあります。

そうなってくると、横着なもので、どうしても便利で簡単なツイッターの
方に比重が偏ってしまいます。

このブログでは、もっと深いこと、じっくり考えたことを書こう等と
それぞれの位置づけを分けようかとも思っていたのですが…なかなかバランスを
とっていくのは難しいですね。

何はともあれ、今日の一枚です。

IMG_6807.jpg

我が二代目原付の「スズキレッツ」君です。後輪の交換作業中。随分車体が
濡れてますね。

最近の依頼者さんが、たまたまバイクエンジニアだったので、これ幸いとばかりに
レッツを持ち込んで修理して頂きました。

何せ年がら年中バイクなものですから(都内の弁護士では原付走行総時間でいくと
一位かもしれません)、二代目のこのバイクのタイヤも、みるみる内に擦り減って
いってしまったんですね。

なんだか最近、ブレーキをかけて止まる度に後輪がすべるなあ…等と呑気にも感じて
はいたのですが、ガソリンスタンドで確認したところ、気づけば溝がすっかり無くなって
ツルツルの状態に。

空気の減りも圧倒的に早くなってしまったので、これはまずいとずっと思っていたのですが、
レッツを購入した近所のバイク屋さんは最近引っ越してしまったんですよね。

一日でも乗れない状態になるのは困るので、いったん預けてまた取りに行くというのも
面倒だし…

等と、目の前の忙しさにかまけて乗り続けていたのですが、これまた天の配剤か、今度の
依頼者の方のお仕事が、偶然バイクの修理・チューニングだったのです。

喜び勇んで、数駅分離れたガレージまで乗っていったのですが、その日に限って途中から
大雨。帰りは更に悲惨でしたが、でも無事タイヤはその一回の訪問で交換完了しました。

後輪を車体から外し、ホイールからはがし、新しいタイヤを履かせるという作業を、
工具片手に黙々と続けるエンジニアさん。

その傍らで、雨に濡れた服をストーブの前で乾かしながら、相手方から送られてきた書面に
黙々と目を通す自分。

小一時間後、自分はその事件の概要を把握し、一方で原付は走れるようになっていました。

今回は、その方のご厚意で、タイヤ交換も事件代理の報酬の一部ということに
して頂きました。

つまり、普段は着手金という形でお金を頂いていたところ、今回はダイレクトに
お互いの「仕事」が等価のものとして交換されることになったわけです。


一日でタイヤを交換して貰えただけでも御の字ですが、さらに、その方の独自のルートで
新しい中型のスクーターバイクを入手して頂けるとの
こと。

ネット上のいくつもの中古バイク情報の中から、瞬時にお勧めの数点を見せてくれました。

そのときしみじみ思ったのが、「やはりその道のプロには敵わない、最初からお任せした
方がずっと楽なんだなぁ」ということ。

バイクがもはや体の一部となっている自分には、殊更「有難いことだなぁ」としみじみ
実感しました。

個人的には歯医者に行くときに文字通り痛感するのですが、本当に、自分が逆立ちしても
できないことや、一刻も早く取り除いてほしい苦痛をたちどころに解決してしまえるような
技術をお持ちの専門家達には、最大限の敬意を払っても足りないほどです。

とても頼もしく、有難い存在に見えますね。感謝してもしきれません。お金では買えない価値を
提供してくれているのだと心底思います。

…と、そこでわが身を振り返ると、やはり毎回反省させられますね。自分は果たして顧客から
そのような感謝のされ方をしているのだろうか?と。

最近は、さすがに始めの頃よりは自信もついてきて、感謝される機会も多くはなりましたが、
まだまだ、自分で納得できる程の価値を提供してはいないような気もします。

数字で表しづらい分、きりがない話なのかもしれませんが…

ましてそのような性質の仕事を、着手金や報酬といった形で「査定」するのは、本当に
どこまでいっても自分自身で割り切れるものではないというか、「これでいいんだろうか」
という懸念が付きまといますね。

もう少し経験を積んで、視野が広がれば腑に落ちることも出てくるのでしょうけど。

今回の経験は、前述のように、正にダイレクトに相互の技量が等価と価値設定された
ケースだったため、なおさらそのようなことを考えさせられました。

弁護活動の対価として、ここまでして貰って「申し訳ない」と思うようなら、それは
取りも直さず自分の提供する仕事に自信が無い、それほどの価値が無いと思っている
ということなのだろうか。

しかし一方では、そのような認識は、決して自分では成しえない技術を持つ人に対する
尊敬の念から来るものであって、すなわち自身の謙虚さが生み出した「引け目」であると
考えることもできる。

「すいませんね、弁護活動をするだけでこんなによくして頂いて」と、

言葉には出さないにせよ心で思いながら相手と接するのは、果して

「謙虚さの表れ」なのだろうか? はたまた

自信の無さ の表れなのだろうか。

そうなってくると分からなくなりますね。自分にもっと自信を持った方がいいのか、
それとも、「そのように感じてしまうこと自体が、自分の価値を高める努力を怠っている
証拠である」と言い聞かせ、益々謙虚になる契機とした方がよいのか。

でも、前者では傲慢になってしまうし、後者ではいつまでたっても依頼者に自信をもって
価値を提供できなくなってしまう。それでは依頼者自身も不安にさせてしまうでしょう。

そもそも「自信」と「謙虚」の関係は、対極に連関しているのでしょうか。

どうも違う気がします。自分のする仕事に自信があっても、だからといって誰もが傲慢に
なってしまうわけでは無いからです。

尊敬する長野の師・magipa先生は、正にそのような自信と謙虚さを兼ね備えたお方であると
言えるでしょう。

よく「あの人は変にプライドが高い」などという言い方をしますが、「自信」を
「プライド」と言い換えるなら、本当に「正しい真のプライド」を持つということは

至難の業であると思います。

自分も含め、人は往々にして、自信を持つと謙虚さを失ってしまいがちですね。

なぜなんだろう、そのようなバイアスが働くのは。

技術的にいえば、自信から傲慢への連鎖を断絶させる、その分かれ道はどうなっているのだろう。


現時点での漠然とした直感ですが、きっと「自信」と「謙虚さ」は、そもそも発生点が違う

のでしょう。

両者は「違うんだ」ということ自体を、折に触れ「自覚」できるかどうかが、傲慢への落とし穴を
回避する有効な手立てなのだろうと思います。

全てが論理で説明づけられるものではありませんが、逆に「理屈じゃないんだ」と簡単に片づけられ
てしまい勝ちな「心の動き」こそ、できる限り理詰めで検証すべきである、という考え方に強く
惹かれます。

どの道、根性論や義理人情の世界では、必ず意思疎通や感情のコントロールは破たんして
しまうでしょう。だからこそ、「なぜ」そうなるのか、どうしてそう思ってしまうのかという、
変化の局面に着目して、その原因をとことん突き詰める思考は重要であると思うのです。

勝手な自分のイメージですが、そのような哲学を生活で一番徹底して実践している方が、イチロー
選手ではないかと思っています。

来年も、自分の心の動きと向き合い、答えを模索していきたいですね。皆様も
よいお年をお迎えください!











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そとじゅん

Author:そとじゅん
おかげさまです、介護弁護士の外岡潤です。
 2009年より、介護・福祉専門の法律事務所「おかげさま」を運営しています。
 日本の伝統手品「和妻」をはじめ、日舞や三味線など、日本文化をこよなく愛し日々稽古に励んでおります
。全国各地の介護施設でご披露しています。

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